スタッフブログ
2026.09.15

「今月も新規を集めなければ」。チラシ、掲載料、SNS投稿。手を動かす間だけ売上が保たれ、止めた途端に客足が落ちる。経営相談でいちばん多く聞く疲労感です。
バケツで考えます。新規集客は上から水を注ぐ行為です。いくら注いでも横に穴が空いていれば水位は上がりません。多くのお店の問題は、入口の不足ではなく出口の放置です。
この記事では、新規獲得と再来店の費用を自店の数字で比べる方法と、再来店を設計に変える手順を、電卓で追える粒度まで分解します。
本シリーズでは店舗の売上を次の形で捉えます(売上の方程式)。
売上 = 実人数(何人来たか) × 来店回数(一人が何回来たか) × 客単価
以下、この記事の数字はすべて同じ一軒のカフェの仮のものです。① 客単価1,200円、月間の延べ来店2,500回。月商は 1,200円×2,500回=300万円。② 内訳は初来店が80人(80回)、二度目以降が延べ2,420回。③ 延べ2,420回の実人数は550人なので、既存客の月間来店回数は 2,420÷550=4.4回です。
二つの打ち手を比べます。打ち手A・新規を月80人→90人(12.5%増)なら 10人×1,200円=1万2,000円の増収。打ち手B・既存550人の来店回数を4.4回→4.8回(約9%増)なら 550人×0.4回=220回、220回×1,200円=26万4,000円の増収です。
月0.4回は、およそ二か月半に一度だけ余分に足を運んでいただく程度の変化です(1÷0.4=2.5か月)。伸び率はAが上なのに増収額はBが22倍。理由は母数で、既存550人に対し新規は月80人しかいません。同じ努力なら母数の大きいほうに効かせるべきです。
「新規獲得は既存維持の5倍かかる」という1:5の法則をよく見かけます。ただ、この数字は一次資料をたどっても出典に行き着きません。自店の数字を出すほうが早いです。
【新規1人あたりの獲得コスト=CPA】① 新規向けに使った費用を足す。ポータル掲載料20,000円+折込チラシ30,000円+SNS広告10,000円=60,000円。② その月の新規客を数える(初回クーポンの枚数や会計時の一声で分かります)。前章の80人。③ 60,000円÷80人=1人750円。
【再来1回あたりのコスト】① 思い出していただく費用を足す。配信ツールの月額5,000円+文面作成2時間×人件費1,800円=8,600円。② その配信きっかけの来店回数を数える。ここでは60回。③ 8,600円÷60回=1回約143円(143.33…円を四捨五入)。
限界利益(売上−変動費。ここでは変動費=材料費とします)は、客単価1,200円・原材料費率40%なら 1,200円×60%=720円です。
| 項目 | 新規を1人呼ぶ | 再来を1回つくる |
|---|---|---|
| かけた費用 | 60,000円 | 8,600円 |
| 得られた来店 | 80人 | 60回 |
| 来店1回あたりの費用 | 750円 | 約143円 |
| 来店1回の限界利益 | 720円 | 720円 |
| 差引 | −30円(赤字) | +約577円 |
このモデルでは新規のお客様は初回だけでは30円の赤字。2回目でようやく 720円×2−750円=690円の黒字、3回目なら 720円×3−750円=1,410円。広告費は初回ではなく2回目以降で回収する構造です。
費用の比は 750円÷143.33円=約5.2倍。「5倍」に近いですが、大事なのは倍率ではなく自分で計算する習慣です。
顧客管理システムは要りません。① 初回→2回目の再来率(初来店客のうち90日以内に2回目が来た割合)。離れる段差はほぼここです。② 平均来店回数(延べ来店回数÷実人数)。前章の4.4回。③ 離反人数(月1回以上来ていたのに直近90日は来ていない人数)。
計算例。① 4〜6月の初来店が240人(月80人×3か月)。② うち9月末までに2回目が確認できたのが72人。③ 再来率は 72÷240=30%。
この30%を35%に上げます。年間の初来店は960人(月80人×12か月)。5ポイントの改善で 960人×5%=年48人が「二度目のある人」に変わります。その48人が年3回来てくださるなら 48人×3回×720円=年間103,680円。広告費を足さずに得られる額です。
ライクヘルドとサッサーの論文「Zero Defections」(Harvard Business Review, 1990年)は「顧客を5%多く維持できれば利益はほぼ100%増えうる」としています。ただし1990年の米国サービス業の分析で、方向性の裏づけと考えてください。
部品1・思い出すきっかけ(想起)。よい店でも日常に戻れば忘れます。単純接触効果(ザイアンス効果)は、繰り返し目にした対象に親しみを覚えやすい現象です。ただし過剰な接触は逆効果で、週に何度も送るより月1〜2回を続けるほうが安全です。毎日その道を通る人には、店頭の看板が最も安定した想起装置です。
部品2・戻る理由(動機)。値引きだけが理由だと、やめた瞬間に来なくなります。「次はあの季節メニューを」のような価格以外の理由を1つ持っていただけるかが、リピートの寿命を決めます。
部品3・戻りやすさ(摩擦の除去)。予約の手間、駐車場の分かりにくさ、混雑の読めなさ。些細な障害が意思決定に不釣り合いなほど影響するのは行動経済学の知見です。セイラーらの「ナッジ」は、選択の自由を残したまま望ましい行動を促す工夫です。
ナッジと、お客様を欺く「ダークパターン」は別物です。有効期限を読めない小さな文字で書く、解約の導線を隠す、空席があるのに「残りわずか」と出す、初回だけ安くして2回目から黙って値上げする。これらは信用の前借りです。迷ったら「全部説明しても喜ばれるか」と自問してください。
① 初回のお客様を識別する。数えられないものは改善できません。
② 初回体験の「終わり方」を決める。体験の記憶は「最も強かった瞬間」と「終わり方」に左右されます(カーネマンらのピーク・エンドの法則)。会計から見送りまでの30秒を、決めた言葉と所作で統一します。
③ 2回目までの導線を1本だけ作る。次回予約、期限つきの特典、次の入荷案内のどれか1つ。複数用意すると運用されません。
④ 接点を月1〜2回に固定する。内容の良し悪しより継続が効きます。
⑤ 空いている時間帯へ誘導する。次章で扱います。
⑥ 90日後に再来率を数える。
⑦ 効かなかった施策を1つやめる。現場が回らない仕組みは、無いのと同じです。
②③でスタッフに新しい役割をお願いする場合、手当の扱いが就業規則に関わることがあります。社会保険労務士にご確認ください。
見落とされがちなのが「いつ来ていただくか」=時間帯ポートフォリオです。同じ1回でも、満席の時間と空いた時間では利益への効き方が違います。
| 時間帯 | 席稼働率 | リピート施策の向き |
|---|---|---|
| 平日 7:00–10:00 | 45% | 習慣化しやすい。定期利用の提案が有効 |
| 平日 12:00–13:00 | 90% | すでに満席。集めても入れない |
| 平日 14:00–16:00 | 30% | 最優先。ここに再来を寄せる |
| 土日 12:00–14:00 | 95% | 待ち時間による離反のほうが課題 |
平日14時台は席の3割しか埋まりません。固定費は同じだけかかり、来店を1回足しても追加費用は材料費だけです。
① 平日14〜16時に週10回の再来をつくる。② 1か月を4週として 10回×4週=40回。③ 売上は 40回×1,200円=48,000円。④ 限界利益は 40回×720円=月28,800円、12か月で年345,600円。逆に土日の昼は席が空いておらず、集めても売上になりません。「いつの客数か」を決めないと空振りします。
お客様が2回目に選ぶとき比べているのは、前回と今回ではなくあなたの店と他の店です(=相対ポジション)。10分圏内の同業3店を5つの軸で採点します。
| 軸 | 自店 | A店 | B店 | C店 |
|---|---|---|---|---|
| 価格帯 | 1,200円 | 950円 | 1,500円 | 1,100円 |
| 営業時間 | 9–18時 | 11–20時 | 10–17時 | 8–16時 |
| 駐車場 | 4台 | なし | 10台 | 2台 |
| 待ち時間 | 短い | 長い | 普通 | 短い |
| 顔なじみ対応 | 強い | 弱い | 弱い | 普通 |
打ち手に変える手順。① 明確に勝っている軸を1つだけ選ぶ(例では「顔なじみ対応」)。② お客様の言葉に翻訳する(「名前を覚えていてくれる」)。③ その言葉を接点すべてで一貫して使う。
よくある失敗は、「価格でも営業時間でも負けている」と値下げと時間延長に走ること。弱い軸をすべて埋めると人件費が増え、強みの質まで落ちます。負けを埋めるのではなく、勝ちを尖らせる作業です。
リピートの仕組み化とは、善意と記憶に頼っていたものを誰がやっても同じように起きる形に置き換える作業です。今日からは3つ。販促費を新規客数で割ってCPAを出す。初回のお客様を数える。時間帯別の稼働率を1週間記録する。先に穴をふさげば、同じ量の水でバケツは満ちます。
A. 始められます。計算はすべて紙で成立します。会計時に初回かを伺ってメモする、時間帯ごとの客数を1週間だけ数える。これで再来率も時間帯ポートフォリオも出せます。システムは記録が続いてから。順番が逆だと費用だけ残ります。
A. やめないでください。既存のお客様は引っ越しや生活の変化で必ず減り、母数を増やせるのは新規だけです。申し上げたいのは「配分を数字で決める」こと。CPAと再来コストを出せば、次の1万円の使い先が見えます。
A. 増やせます。値引き以外の理由を作ることが本筋です。次の入荷を先に伝える、前回の内容を覚えていて話題にする、混雑しない時間を知らせる。いずれも原価はかかりません。値引きはやめた瞬間に元へ戻ります。
A. 効く場面はありますが万能ではありません。来店理由がポイントだけになると、他店が有利な条件を出した瞬間に移られます。導入するなら①条件を一度で分かる大きさで書く、②有効期限を隠さない、③すぐやめられる、の3点を守ってください。
A. 制度は年度ごとに変わり、国・都道府県・市区町村で対象も上限も異なります。金額や要件はすぐ古くなるため書きません。自治体の産業振興担当窓口や、最寄りの商工会議所・商工会でご確認ください。
A. 初回の方が2回目に来るまでを見る指標ですので、最低3か月は必要です。1か月では天候や工事に振り回されます。急がず90日を1サイクルで回してください。
【監修】株式会社ミライベクトル 取締役社長 大平典男(中小企業診断士/MBA)
看板・広告業に携わり20年。名古屋市守山区を拠点に、東海3県で看板の企画・デザイン・製作・施工を自社一貫で行っています。経営に関するご相談も承っております。(会社案内)